軍が、何か「特別な作戦を実行する」のは、「必要性」がある場合に限られる。
昭和59(1984)10月31日付、朝日新聞は、第一面に入道雲のように、もうもうと沸きあがる煙りの写真とともに、 「 これが毒ガス作戦 と元将校」「当時の日本軍部内写真を公表」との見出しのもと、「毒ガス作戦」を報じた。

- 当時我が家は、朝日新聞を購読していた。この記事を見た瞬間、「この記事は間違っている」と直感した。
何故ならば、「若干の軍事知識」と「新ゲーム理論の立場」から渡河作戦に「毒ガスを使う必要がない」「毒ガスは使えない」と判断したからである。
そもそも「毒ガス」とは、第一次世界大戦で両軍が「塹壕戦」に突入したため、膠着状態になり 「西部戦線異状なし、戦死約1名」、この状況を打開するため、初めて「毒ガス」が大規模に使用された。
すなわち「毒ガス」は、「塹壕戦」や「密室」のようなところで使用するのが有効で、広大な大平原で使用するものでない。
大戦後、「毒ガスの残虐性」が指摘され、「国際 的 使用禁止兵器」になった。
ただし万一、敵に使われた場合を想定して、抑止力として、各国に毒ガスの製造・保管および防毒マスクの配布は認められていた。
そして「毒ガス」は、すべての国で「万一漏れれば大変なことになる」ので「厳重保管」されていた(日本も例外でない)。
まず「国際的使用禁止兵器」である「毒ガス」を使用するには、「陸軍大臣の許可書」が必要であろう。そこで一地方作戦ごときで陸軍大臣が、「毒ガスの使用許可書」など出せる道理がない。
一方毒ガス管理官は、「しかるべき許可証」がない限り、絶対毒ガスを出すはずがない。 このようにまず「毒ガスは使えない」のである。
それ以上に「防毒マスク」をつけて、渡河作戦など出来ない。
ただし「煙」は、「渡河作戦」には「有効な兵器」になる。
渡河作戦前に、自軍で使用すれば、われの士気を高め、敵に恐怖心を与える(その煙は、高く上げる必要がある)。この写真の煙は、「毒ガスでない」ことだけは断言できる(毒ガスは、無色透明、空気より重くなければならない )。 - 故に、この元将校Aは 「軍事知識のない ニセモノ」に違いない (もう朝日新聞は、「このようなニセモノ」に、2度と騙されることはないだろう)。
最終的に朝日新聞は、 産経新聞の指摘により、、この写真の煙を「毒ガス」でなく「煙」であり、場所も違うことを認めた。 - 「毒ガス問題」が海外に宣伝されなかったことが、日本のため本当に良かった。
「南京問題」「慰安婦問題」も、もっと早く誰かが論じておれば、海外へ宣伝されることもなかったであろう。 - 過去、朝日新聞は、「国賊新聞」「売国奴新聞」であった(過去の記事を検証すれば、これが言い過ぎでないことは明らかであろう)。
- 現在は、真正面からの「国賊・売国・反日記事」を描き難い状態になってきているが、本質は何も変わっていない。
- 現在朝日新聞は、「反面教師新聞」になっている。「朝日新聞に何が書いてあるか?」「何を懸念しているか?」、国家として朝日新聞の主張と逆のことをすれば、まず間違いはない。「朝日の懸念」は、「そのようなことは起こらない」という保証と同格の価値を持つ。例えば特定秘密保護法でも、朝日新聞は「民主主義の骨幹酷寒を揺るがす恐れがあると書いた。すなわちこれは、「民主主義の骨幹を揺るがす恐れは全くない」と解釈すべきである。そして朝日の主張は、すべて中国に有利に働いている。