囚人のジレンマ

 「従来のゲーム理論の解説書」には、「囚人のジレンマ」が多く取り上げられている。
 ここでも「ゲーム理論の常識の一つ」として「囚人のジレンマ」の概要を紹介したいと思う。
 まず次のような状況を想定する。
 * 別々の部屋に入れられた共犯容疑の囚人Aと囚人Bがいる。そして両者は、全く相談できない
   状況にある。
 * 双方自白しなければ、決定的な証拠がないので余罪により1年の刑が科せられる。
 * 「司法取引」により、自白した者は刑の執行が猶予され(0年)、しなかった者は共犯者の証言
   により、本来の刑である3年の刑が科せられる。
 * 双方自白した場合は、自白が考慮され、2年の刑が科せられる。
   これを「ゲーム理論」では、「囚人のジレンマ」という。

 これを利得表で表せば次のようになる(ただし、各種解説書では刑期の数字が少し異なっているが、本HPでの数字は、囚人のジレンマでないが似たような問題として、「2011年度センター試験 で使用した数字」と同じ数字を使用している)。
           「囚人のジレンマ」の利得表


 ここで係官から「おいA、相手のBは自白したぞ!」と言われた時、囚人Aはどう考え、どう判断するべきかが、この「囚人のジレンマ」の問題である。
 さて囚人Aは、「係官の言葉をそのまま信用していいか?」、迷うところである。
 結論から言えば(細部説明略)、Aは自白した方が「良いのか?悪いのか?」、 この問題は、ゲーム理論研究家でも議論百出、まだ「結論が出てない」のが「結論である」
 現在ネットでも「囚人のジレンマ」と検索すれば、多くの解説がある。 
 しかしどの解説も、「結局どうすればよいか?」、判ったようで判らないのが「囚人のジレンマ」である。
 本HPでは、「囚人のジレンマ」については、この程度の記述に止める。
 如何ですか? お判りになりましたか?(判る訳がないだろう! こんな下手な説明で…)

 

 さてここで「新ゲーム理論」の立場から、この問題に対して「結論」を出してみよう。
 ここでは、この囚人Aは、以後この業界から「足を洗うのか、否か」が、大きな問題として取り上げる。
 仮に、以後この業界から足を洗う場合、自白しない方が、後腐れなく正業に就くことが可能であろう。
 またこの囚人Aがこの業界に残るとすれば、やはり自白しない方が身のためである。
 要するに「以後の人生を考えるなら」、「足を洗う・洗わない」、どちらを選択しても、自白しない方が身のためである(以後の人生を考えるなら、刑期の長短など小さな問題である。特にAが自白し、Bが自白しなかった場合、刑期は0年になるが、以後この業界にも残れず、足を洗うことも出来ず、最低の結果を招くであろう)。
 「新ゲーム理論」は、大局を見る。それが原則である。
 このように「政治的主張」は、現実の利得の大小に拘らず、「将来を見据えた大局観が必要である」と主張する。